Monthly Archives: March 2017

ドイツのトイレDE!?

皆さんはトイレ使用中に、どんな風景を目にしていますか? 男性の場合、わずか1~2分のオシッコ中、瞑想に耽るかのように、無味乾燥な目の前の白いタイルを見つめる、なんていうケースがほとんどではないでしょうか。 個室利用の時だって、壁に貼られた「備え付けの紙以外はトイレに流さないでください」という張り紙や、判り切っている「シャワートイレの使用法」、などを読み返しつつ時間を消しているかもしれませんね。 そんな退屈な、トイレタイムをちょっと楽しくしてくれる工夫を、ドイツに旅行した時に見つけました。     最初は、ドルトムント駅の男性用小便器です。サッカーのゴールの形になっている真ん中に消臭剤のボールぶら下げられているものです。こんなトイレでは思わずボールをめがけてシャワーを掛けますから、外にこぼれませんね!私が使った時は、熱心なサッカーファンのおかげで、オレンジ色のサッカーボールが小さくなっていましたが、爽やかにゴールを決めてきました。 2番目は、フランクフルトのホテルです。壁にヌワ~~~とした人のシルエットがえがかれていました。なんだか、お化けっぽくもあり、影法師チックでもあり、ユーモラスな感じもありで、トイレに飛び込んで、一瞬!ためらいを感じた後、笑ってしまいました。         3番目は、同じくフランクフルトのショッピングセンターです。5個並んだ男性用の左端のひとつが、人の口になっています。度肝を抜かれましたが、結構笑えました。上唇からは大きな歯が、ニョキッで、これを使っている最中に嚙みつかれたら逃げようがない!!と思いました。みんな同じことを考えるのでしょうか。ほとんどの人はこれを使わず、純白の普通の方に行って用を足していました。 遊び心を入れたトイレって、嬉しいんですが、ドイツ人は体が大きいので日本人の私には便器の位置がとても高く、触ってしまいそう(゜o゜) トイレを使うたびに緊張感を強いられました。

Categories: ガイドの目印総合 | Leave a comment

南展望室にも行ってみました。

              先月、都庁の展望室に昇りました。第一本庁舎の南・北2棟のそれぞれの45階に分かれているので、その日は、北展望室でのんびり時間を浪費して帰ってきてしまいました。 ツイン構造なのに、片方にしか行かなかったことが心残りだったので、ちょっと時間を作って、南展望室にも行ってみることにしました。 一階ロビーから、手荷物検査を受けて、耳がキュ~ンと詰まるくらいの高速エレベーターで45階まで一気上昇するのは同じですが、展望室の雰囲気は、北とはずいぶん違っています。 こちらは、フロアの真ん中がオープン形式のカフェになっています。プランターと低い衝立で、簡単に仕切られたそのスペースは、のんびりした開放感が漂い、話し込むカップル、甲高い声ではしゃぐチビちゃんを連れた家族連れ、外国人ツアー客の笑い声、などが交錯していました。 南は、お土産屋さんが広いスペースを取っていましたが、こちらは道府県の名産品即売のブースが並んでいます。北海道、東北、近畿、四国、九州などから集まった特産品を東京都庁でゲットするのも楽しいですね。       展望室の広い窓から南方面を見ると、すぐ足元に新宿御苑や明治神宮の深い緑が広がっています。 西を見ると、奥多摩の山並み、さらにその先には笠をかぶった富士山が夕に映えています。北側には目の前に北展望室があり、中から景色を楽しんでいる人達がすぐ近くに見えます。手を振りあって遊ぶ子供の姿に、思わず微笑みが生まれます。東側は、国会議事堂、丸の内、東京タワー、六本木ヒルズなど、様々な建物が作り出す東京のダイナミックな景観です。展望室で、お土産屋さんのワゴンで発見したのは、2020年のオリンピックグッズ!バッジ、タオル、Tシャツ、ストラップ等々。東京都庁展望室で買ったものなら、ちょっと胸を張って自慢できるかも・・・・北展望室とはひと味違う、のんびりムードで心をなごませてくれる南展望室も楽しいですよ。

Categories: ガイドの目印総合 | Leave a comment

70周年記念式典

        平成29年3月15日(水)新宿区成立70周年記念式典が行われました。新宿区は昭和22年(1947)3月15日に、四谷区・牛込区・淀橋区の旧3区が合併して成立しましたので、この日が、70歳の誕生日ということになります。記念式典の会場は「新宿文化センター」。新宿区が第三セクターとして運営している複合施設で、大小二つのホールが中心施設です。 この日の式典は、区の各種の事業に貢献した区民257名の表彰と、アトラクションの二部構成です。受章する方々と同じ目線を保つ意味でしょうか、区長、区議会議長の主催者を始め、区選出の都議会議員、来賓の長野県伊那市など、すべての主催者側の出席者が、舞台下の客席フロア最前列に並んで、出席者に向かって座る配置でした。       午前10時に始まった式は、「国歌」、「大新宿区の歌」の斉唱、主催者・来賓挨拶の後、表彰式と進みました。およそ1時間の式典が終了すると、休憩をはさんで第二部のアトラクションの開始です。 最初は、鶴賀若狭太夫の「新内節浄瑠璃」。続いて「八王子車人形」による《ご祝儀三番叟》。名誉区民・三遊亭金場師匠の落語。最後は、江戸消防記念会の頭衆による《木遣り》で三本締め、という伝統芸能を満喫できる内容でした。落語以外は、普段ほとんど接することのないものでしたが、参加者の皆さん、結構楽しんでいました。 長いような、短いような70年ですが、とにかく70年の節目、「古希」を迎えた新宿区でした。  

Categories: ガイドの目印総合 | Leave a comment

女川町のニュースを観て

3月11日は、あの忌まわしい東日本大震災の日です。 テレビでは、震災関連の特集ニュースが各局から流れています。朝のNHKニュースで、復興した宮城県「女川町」の中継がありました。海に面してかさ上げされた土地に造営された、新しい商店街が元気にスタートした中継放送を見て、たくましい復興ぶりに思わず顏がほころびました。 じつは、6年前、大地震と津波被害に遭った直後の4月と翌年の5月にも、女川町にうかがいました。海岸の埋め立て区域の町は液状化現象で壊滅状態でした。荒涼とした被災現場は、地中に打ち込んだ杭ごと横倒しになっている警察の建物、ガクッと段差が出来て陥没してしまった漁港の船着き場、上屋が流失して土台だけか残っている無残な建物跡地、などなど、すべての光景が目を疑う惨状でした。 前述したとおり、被災直後の最初の訪問の際は、こんな不幸を写真撮ってはいけないと思い、シャッターを切ることをしませんでした。翌年の5月にふたたび伺った女川町。状況はほとんど変わっていませんでした。現地の方々と話す機会があった中で、「構わないから、どんどん写真を撮って、全国に実情を知らせてくれ。」との言葉がありました。 5年間、私のPCの中に記録されている女川町の写真を見ていただき、元気に立ち上がった今日の女川町の報道写真と比べてください。女川町の皆さんがこの6年でどれほど頑張ったかが判るはずです。町の皆さんが、悲しみを前進の原動力にして生きてこられたことに頭が下がります。 ご覧いただく写真は、2012年4月、2回目の訪問時のものですが、前年の震災当初の状況とほとんど変わっていません。

Categories: ガイドの目印総合 | Leave a comment