稲荷鬼王神社

Posted by on 2017年4月3日

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新宿にもたくさんの神社がありますが、夜の街・「歌舞伎町」にもユニークな神社があります。

新宿区役所から、歌舞伎町の奥に向かう緩やかな昇り坂の「区役所通り」が「職安通り」に突き当たるちょっと手前の右側に鎮座している『稲荷鬼王神社』がそれです。場所がら、広い境内ではありませんが、木々がこんもり生い茂り、喧噪の街・歌舞伎町のオアシスのような安らぎスポットになっています。

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この神社の現在の宮司・大久保家の祖先は別當職としてこの地域を古くから治めていたようです。別當という職分は、奈良時代の律令制度の中に規定される役職なので、大久保家の統治はずいぶん古く遡れるようですが、起源ははっきりしていません。その管轄地は広大で、今の歌舞伎町、百人町、新宿2丁目、5丁目、6丁目などに亘っていました。今でも、新宿の歌舞伎町の奥の地域には「大久保」の地名が残っています。

鬼王神社の確認できる歴史では、江戸時代の初期、承応2年(1653)に、大久保家が、現在の新宿区諏訪町にある「諏訪神社」の境内末社「福瑳稲荷」を勧進し『稲荷神社』を創建したところです。その後、この地の豪農・田中清右衛門が、熊野詣でに行く途中、紀州で罹った病気の平癒をその地の「鬼王権現」に祈願し、見事に治癒したことに感謝して、宝暦2年(1752)に勧進して合祀したことによって『稲荷鬼王神社』となりました。

現在、紀州の「鬼王権現」は消滅してしまったので、全国で「鬼王」を冠する神社はここだけとなっています。

神社に伝わる口伝では、幼名を「鬼王丸」と称した、平将門に所縁があるとのことで、歴史の奥深いロマンが感じられます。

病気平癒がこの神社の起源に大きく関わっているので、今でも病気を抱えた人のお参りが絶えません。豆腐を奉納して、本人が豆腐断ちをし、神社から頂いた「撫で守り」で患部を撫でると皮膚病を始め、様々な病気治ると信仰されています。

境内の本殿前と境内末社「恵比寿神社」手水場の2か所に「水琴窟」が在り、地中に差し込まれた竹筒に耳を当てると、滴る水が奏でる金属的な音色が楽しめます。

また、年中行事として、新年の「初詣」を始め、〈福は内・鬼は内〉の掛け声で有名な2月の「節分会」、4月の「鎮花祭」(はなしずめまつり)、赤鬼と青鬼が神輿巡行に参加する9月の「例大祭」、10月には「べったら市」などが行われます。

また、本殿の裏手には、江戸時代に流行した「冨士講」ゆかりの、岩を積み上げたミニチュア富士山も残っていて、風情をかもしています。アイディアマンの宮司さんの企画で、境内を青空ギャララリーにして「懐かしの映画ポスター展」「全国のお雑煮写真展」「昭和の映画スタープロマイド展」、「絵本の表紙展」などのイベントも行われてきました。

道路に面した境内に、小さな鬼が頭に載せて支えている石造りの大きな「水鉢」が置かれていますが、これにもホラーな物語があり、新宿区の文化財ともなっている。

夜の街として、何かと話題に事欠かない歌舞伎町ですが、地元にはそれなりの歴史があります。この『稲荷鬼王神社』は、地元在住の氏子はもとより、この街で働く外国の人たちもお参りする、新宿のパワースポットのひとつとなっています。

一杯飲む前に、ちょっと足を延ばして「二日酔い防止」祈願をしてみませんか。

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