Monthly Archives: May 2018

鈴木三重吉

「赤い鳥」という児童文学誌をご存知ですか?発刊者は、夏目漱石門下の鈴木三重吉という人です。 鈴木三重吉は、1882年(明治15年)に広島市で生まれました。地元の小中学校を経て、1901年(明治34年)に上京し、東京帝国大学・文学部に入学しました。 英文学科の鈴木は、夏目漱石の講座を受講したことから、1906年(明治39年)に、漱石の門下に入り、文学活動に入りました。 その後、体調を崩して大学を一時休学しましたが、再度上京、復学して1908年(明治41年)に卒業しました。 その後、千葉県の中学校、新宿区大久保の「海城中学校」・「中央大学」などで教鞭をとる傍ら文学活動を続けました。 その後、1915年(大正4年)に、小説家としての活動を停止しましたが、翌年、自身の長女“すず”の誕生に際して、童話集「湖水の女」を創作したことを契機に、児童文学のジャンルに転進しました。そして、1919年(大正7年)に児童文学誌「赤い鳥」を創刊し、教職を全て辞し「赤い鳥」の活動に邁進しました。 「赤い鳥」には、泉鏡花・芥川龍之介・有島武郎・高浜虚子・北原白秋・小山内薫・久保田万太郎・西條八十など、文壇で活躍中の人たちが多くの作品を提供しました。 それまでの児童文学は、お説教色が強い〈教訓もの〉が主流でしたが、「赤い鳥」には、子供たちの感性を高める芸術の薫り高い作品が掲載され、新しい児童文学の流れを創り出しました。 児童文学誌「赤い鳥」は、坪田譲治・新見南吉など、次世代の優れた児童文学者の育成の場ともなり、多くの日本の子供たちに優れた文学に接する楽しみを与え続けました。 三重吉は、1929年(昭和4年)から、亡くなる1936年(昭和11年)まで、現在の『新宿区 歌舞伎町』に居を構え、18年間に亘って196冊の「赤い鳥」を発行し続けました。               そんな、鈴木三重吉の終焉の地は、今ではソシアルビルに生まれ変わっていて、ビルオーナーも最近そのことを知ったそうです。 歌舞伎町の区役所通りを奥に進み、最初の交差点を過ぎて2番目の黒御影石壁のお洒落な「チェックメイトビル」新宿区 歌舞伎町 2-23-12 が、その地です。 さすがに、今となっては当時を偲ぶ風情は残っていませんが、去年の9月に新宿区がこのビルの壁面に銘盤を設置しました。 大人の遊園地みたいな現在の歌舞伎町ですが、かつては文人も多く住んでいて、文化の発信地でもあったことをご披露したいと思います。    

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お馬さん登場!!

新宿大通りの真下は、地下通路になっていて「メトロプロムナード」の愛称で呼ばれています。この「メトロプロムナード」の通行人数は、はっきりしたデータがなくて断言できませんが、平日8万人、休日10万人、くらいではないかと推定されています。 新宿にお出で下さる方々には、駅の東と西をつなぐ便利な地下通路として親しまれています。 そんな「メトロプロムナード」にナント!?生きたお馬さんが現れました。「メトロプロムナード」がJR新宿駅と壁を隔てて接する辺りは、幅が広くなっていて、壁面や柱を広告キャンペーンスペースとして活用する機会が多いのですが、今回のお馬さんは,5月27日に開催される「日本ダービー」の宣伝のために、この場所に登場したそうです。               夕方の、人通りがいちばん多い時間帯にも関わらず、黒光りのスマートお馬さんは、悠然と佇立して、穏やかな目で人々の往来を見ていました。 ほとんど動くこともなく立っているその姿は、遠目には、作り物のように見えますが、近づけば生きたお馬さん!!なので、みんなビックリ!?!? 周囲に配置されている「日本ダービー」のポスターやパネルなどの宣伝アイテムは、イメージカラーが鮮やかな赤なので、その漆黒の躯体は際立ったコントラストで鮮やかに浮き立って見えました。               スタッフさんに訊いたところ、このお馬さんは雄で、かつてはレースで走っていたとのことです。13歳の現在は、現役を退いてキャンペーンなどで活躍しているとのことでした。 人によく馴れているので、暴れたりする心配はなく、触っても大丈夫!とのことでした。集まった人たちは恐る恐る頬や鼻筋をさすってあげるのですが、お馬さんは穏やかな視線でアイコンタクトをとってくれるので、みんなの心が和みます。ほとんどの人がスマホを取り出して、カシャカ!カシャ!カシャ!その場でSNS発信していたので、受信した方もあるのではないでしょうか? 前述のとおり、「メトロプロムナード」のこの場所では、奇抜なキャンペーンが行われますが、生きた動物が登場するのは初めてでないでしょうか!? 新宿では、何時・どこで・どんなサプライズが起きるかわかりません。毎日ブラついても飽きない街ですね!!

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大江戸ビール祭り

5月16日(水)~20日(日)の5日間、歌舞伎町の「シネシティ広場」で「大江戸ビール祭り」開催です。  会場は、歌舞伎町のランドマークになっている「グレースリーホテル」前の広場です。年配の方には、「コマ劇場前広場」という、懐かしい呼び方のほうが、なじむかもしれませんね。 「グレースリーホテル」の壁に描かれた「ゴジラ」が見下ろす会場には、内外のクラフトビールがブースを設置していますが、どれもナショナルブランドとしてみんなが知っているモノとは一味違う、地ビール的な存在のブランドです。 地域性が強いだけに、どれも個性が際立つ風味で、ブースを次々に巡って飲み続けても一杯毎に新しいテイストに遭遇できるのがウレシイですね (^_-)-☆ 世界の繁華街・歌舞伎町のど真ん中の会場らしく、お客さんは国際的!情報をキャッチして、わざわざ銀座から来たとか、会場から仲間に連絡をして合流!なんて云う旅行客の言葉も聞かれました。 もちろん日本人のお客さんもたくさん!会社の同僚、カップル、なぜか子連れの家族、などなど、みんなそれぞれに盛り上がっていました (^o^)/               都会の夏に出現する特設ビアガーデンでは、ナショナルブランドのビールしか飲めませんが、「大江戸ビール祭り」の会場では、これまで飲んだことがないレアものに遭遇できます。 ムシムシと暑い日が続きます。今夜は!歌舞伎町にGO~ 星空とゴジラを見上げながらおいしいビールでノドを鳴らせてください (*^。^*) 詳しくはこちら  http://oedo-beer-festival.jp/              

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アーチ

商店街の入り口に、その商店街の名前などをデザインしたアーチ式の構造物が設置されていることは珍しくありませんね。 この構造物の正式な名前はよく判らないのですが、街に入る場所に在って門のように見えるので「ゲート」と云う人もありますし、長い道路を屋根のように覆う「アーケード」の先端部でもあるので「アーケード」と呼んでいる人もいます。けれども、新宿ではこれを「アーチ」と呼ぶことが多いようです。                                            さて、その「アーチ」ですが、以前は日本全国のどこの商店街も、競ってこれを立てていました。ところが最近は、火事の時に消防車が入れなくて大惨事につながってしまいことが心配される、ということで、あまり見られなくなってきました。 消防車対策として、背の高い「アーチ」にしたり、真ん中を切断して、道路の両端から腕を伸ばすような形に変更したりして、何とか街の名前をアピールする構造物として「アーチ」を維持する努力をしているようです。火事などとは別に、万一、老朽化して落下しないとも限らないので、事故防止的な意味もあるかもしれません。街の名前を印象深く表示するのも、商店街にとっては大切ですが、万が一の際にその存在が人命に関わる大惨事に繋がってしまうことも心配です。時代の流れを考えると、ドカンと存在感を主張して建つ「アーチ」は次第になくなっていくのかもしれません。               新宿でもいろいろな「アーチ」を見ることができますが、堂々と道路をまたいで聳え立つ門構えの物もありますし、街路灯から張り出した構築物と化して、何となく「アーチ」の名残をとどめるかのような存在のものもあります。そんな現状を踏まえて、ブラブラと新宿駅周辺の商店街を巡って、「アーチ」を観察してみました。               駅の西口、線路に沿ってレトロ感覚満載の街並みを残している「おもいで横丁」からスタートして、大ガードをくぐって東側の歌舞伎町方面に進み、カラオケ画面でもおなじみの「歌舞伎町一番街」・「ゴジラロード」・「さくら通り」に歩みを進めてみました。 そのあと、戦前からのレトロな姿を残して、西口の「思い出横丁」と双璧をなしている「ゴールデン街」と「明るい花園」街を見て回り。               さらに足を東に伸ばして、寄席の《末広亭》が街の真ん中に鎮座する、「末広通」と「要通り」を見て歩きました。               商店街の「アーチ」は、街の特性をしっかりお客様に伝えるために、みんなで知恵を絞って作っています。お客様が街を訪れて、最初に対面する重要インフラですので、みな様もチョットは気にしてご覧になってくださいね。          

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雑草のド根性

大都会は、《コンクリートジャングル》などと言われるように、自然をほぼ完全に排除して、コンクリートと鉄とガラスで無機質に作られています。現在の新宿の街では、木造建築を見ることがなくなってしまいました。 大都市で季節を感じることができるのは、雨と風と気温だけで、自然のままの草木で自然の移り変わりを感じることはほとんど無くなっています。草花は、人工的に作られた花壇や植木鉢で、樹木は街路樹として、決められたスポットに押し込められたかのように植え付けられていて、すべてが人の管理の中で生きているかのようです。                                                                                      でも、無機質と思われている大都会の新宿でも、ド根性を発揮して自分の意志で生きている雑草を見かけることがあります。万物が化生する今の季節になると、歩道の敷石のミリ単位の隙間から緑の若葉が顔をのぞかせます。街路樹の根元にわずかに広がる土は、雑草クンのパラダイス!こんもりと茂って、寄せ植え花壇のようになっています。 建物の縁のほんのちょっとした土溜まりからも逞しく茎をのばす雑草があります。タイル積みの壁の隙間に根を張って自分の存在をアピールするかのように頑張る、ド根性雑草クンもいます。ガードレールや街路灯の根元にも逞しく育っている雑草クンたちが居ます。                              いったいこの雑草クンたちは、どんないきさつで、この場所に根付いたのだろう?と首をひねりたくなることもしばしばあります。 でも、いくら頑張っても雑草は雑草、所詮はお掃除のついでに引き抜いてしまわれる運命です。でも、引っこ抜かれても、引っこ抜かれても!そこに根を残して毎年暖かくなると爽やかな緑の葉を見せてもくれます。               新宿の街の中でド根性を発揮して頑張っている雑草を見かけたら、「がんばれよ!!」と、ひと声かけてあげてくださいね!!

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